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風景の発見

2008.11.21 kissD
風景の発見
 風景とはなんだろう。日々過ごす時間とほぼ同じだけある視界の記憶の中からある一瞬を指して風景と呼ぶ。風景とはそれを視界の中から見つけ出す、発見的な作業である。

少なくとも僕の場合はそうである。

何かを目にとめると言うとき、つまりその対象=被写体に出会ったときに、僕はそこから何かを読み取ろうとしている、何かを感じ取ろうとしている。
その一瞬を逃さないようにシャッターを切る。何かを読み取ってからシャッターを切るのでは遅い。
その瞬間とは、つまり視覚と残りの五感からくる一瞬の印象の引っかかりとは、その機会を逃すと二度と出会えない。だから無数にシャッターを切る。
そして無数のシャッターを切った後に自分が何を見ていたのかを知る。
これは何を見つめ、何を見なかったのかを知る作業でもある。空間や瞬間、時間、その日の気分など、頭と身体がどのようにつながっているのかについて内省的になる作業だ。
僕にとって四六時中カメラの入った鞄を持ち歩き、カメラを手に街に繰り出すことは、(今のところ)自分のまなざしの確認であり、これはまた発見的な作業なのである。


風景の再発見
 写真となった僕の風景を展示(掲示と言った方がしっくりくるかもしれない)するというときに、どのようにすればよいのかわからなかった。一枚一枚が作品として完結していると言うよりも視界や空間の認識の癖を集めたようなものだからである。
切り取った空間をもう一度空間に配置するときにどのようなことが出来るのかについて考えた。
発見的に切り取られた風景を掲示したその場所が、新しい風景の気づきのきっかけになるような事は可能だろうか。

これはちょっとした実験のようなものだ。

六本松キャンパスは今年度をもって閉鎖になることが決まった。
そこで僕は僕の発見した風景をキャンパスにちりばめてみることにした。
掲示された写真には僕のまなざしの癖が写っているだけであって、あなたのまなざしではない。しかし僕はあなたに写真から目を離したあと、あなたにその場所をもう一度眺めてもらいたい。

そしてあなたの六本松の風景を発見してほしい。


2008/11/19_井ノ口洪太


*体育館・卓球場で開催中の 九大写真部 学祭展 も併せてお楽しみください。
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